大判例

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東京高等裁判所 平成5年(行コ)71号 判決

控訴人

横浜南労働基準監督署長竹山潔

右指定代理人

池本壽美子

(他三名)

被控訴人

岩村計

右訴訟代理人弁護士

小野毅

(他八名)

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

主文同旨

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  控訴人の本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、自動車運転者の派遣を業とする会社に雇われ、自動車運転の業務に従事していた被控訴人が、過重な業務が原因でくも膜下出血(以下「本件疾病」という。)を発症したと主張して、控訴人である労働基準監督署長に対し、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき、発症した日の昭和五九年五月一一日から同年一二月三一日までの間の休業補償給付の請求をしたところ、昭和六〇年五月一七日付で控訴人から業務起因性を欠くことを理由に休業補償給付を支給しない旨の処分(以下「本件不支給決定」という。)を受けたため、その処分の取消を求めた事案である。

二  争点

本件の主要な争点は、被控訴人の本件疾病が被控訴人の右業務に起因するものといえるか、という点にある。

第三当事者の主張

一  被控訴人の主張

1  被控訴人の経歴

被控訴人(昭和四年八月二二日生)は、昭和二六年に自動車運転免許を取得し、トラック、バス、自家用自動車、ハイヤー等の運転業務に従事した後、昭和四八年一〇月、東京海上火災保険株式会社(以下「東京海上」という。)の子会社で、自動車運転者の派遣を業とする東海不動産株式会社(昭和五二年九月に商号を「株式会社東管」に変更した。以下「東管」という。)に入社し、東管と東京海上との間で締結されていた東管の従業員を東京海上の支店に派遣し、支店管理者の指揮のもとに自動車の運転業務に従事させる旨の契約に基づき、東京海上横浜支店(以下「横浜支店」という。)に支店長付きの運転手として配属された。

2  職務の内容

被控訴人の職務は、横浜支店の支店長の出退勤、支社等の巡回、客先回り、料亭やゴルフ場での接待等の際の送迎を主としていたが、そのほか、随時行う支店の幹部職員や顧客の送迎も含まれていた。

送迎の範囲は、横浜支店の管轄する神奈川県全域の支社、出張所のほか、代理店、東京丸の内の東京海上本社、伊豆箱根方面のゴルフ場など、極めて広範囲に及んでいた。昭和五六年七月に横浜支店に西森千晴支店長が着任してからは、それまで横浜駅までであった支店長の送迎が東京都新宿区左門町所在の同支店長の自宅までとなった。

被控訴人は、自動車運転業務のほか、自動車の清掃、整備等もすべてその職務とされており、清掃は毎日行い、洗車、ワックスかけは、二、三日に一度の割合で行っていた。

3  本件疾病の発症

本件疾病は、被控訴人が、昭和五九年五月一一日、勤務として横浜支店長を迎えに行くために自動車を運転中に発症した。

被控訴人は、同日午前四時三〇分ころに起床し、午前五時に出庫し、付近の坂道を登って頂上付近にさしかかったところ、突然対向車が現れ、ひゃっとしながら、急転把して衝突を避けた(以下これを「ヒヤリハット事故」という。)が、その後も運転を続けたところ、間もなく気分が悪くなり、吐き気等を覚え、運転を続行することは難しいと判断して、帰宅した。しかし、被控訴人は、自宅の駐車場で、きちんと駐車できず、駐車場のコンクリート壁や車止めに自動車をぶつけて停車するという状態であり、その前後から激しい頭痛等がおこり、ようやく自宅に戻り、休んだが、一向に良くならないため、同日午前九時ころ救急車で横浜中央綜合病院に行き、くも膜下出血(本件疾病)と診断された。

4  被控訴人の過重な勤務の実態

(一) 長時間労働の実態

昭和五八年一二月から昭和五九年五月一一日までの間の被控訴人の勤務の実態をみると、被控訴人は、正規の八時間の勤務に加えて、被控訴人は月間一四〇時間ないし一八〇時間もの時間外労働を行っている。これは一日あたりの時間外労働としては七時間二分に相当し、被控訴人は、この期間、一日あたりの所定労働時間である八時間に対し、二倍近くの労働をしていたものであり、後記のとおりその反生理性は明らかである。さらに、被控訴人の時間外労働時間のうちには、一日あたり約一時間近い、深夜労働時間が含まれている。

こうした長時間労働の原因の一つは、昭和五六年七月の西森横浜支店長着任以降、支店長の出退勤の送迎が本来横浜駅東口から横浜支店までであったのが、東京都新宿区左門町の西森支店長の自宅までに変わったことがあげられる。この自宅までの送迎により、被控訴人は早朝に自宅を出発することを余儀なくされ、帰宅も遅くなり、その結果、走行距離と運転時間も大幅に増大したのである。

(二) 走行距離の長さ

被控訴人の業務は、深夜労働を含む長時間労働であっただけではなく、自動車走行距離の点においても過重なものであった。被控訴人は一か月あたり、約三三〇〇キロメートルから三八〇〇キロメートルほども走行しており、一日あたりに平均しても、一六五キロメートルも運転している。この月あたりの走行距離はハイヤータクシー労働者の平均的走行距離を上まわるものとなっている。

(三) 長時間に及ぶ運転時間

昭和五九年四月一日から被控訴人の本件疾病発症の日までの被控訴人の勤務実態によると、被控訴人は、一日あたり八時間以上自動車運転を行っている。この運転時間は、タクシー労働者の一日あたり平均運転時間と対比してもこれを上まわるものである。

(四) 不規則な勤務時間

被控訴人の業務は、全て横浜支店長の業務の都合に合わせて行われるものであり、その勤務終了時刻のみならず勤務開始時刻も全く不規則そのものであった。すなわち、勤務解除である帰庫の時刻は午後九時のこともあれば、午後一二時以降、翌日になることも頻繁であった(昭和五八年一二月は二三日の出勤のうち六日は午後一二時以降の「帰庫」であった。同様に昭和五九年一月は二二日中三日、二月は二一日中五日、三月は二三日中七日、四月は二〇日中五日、五月は八日中二日において、それぞれ勤務終了が午後一二時をすぎ、中には帰庫が午前三時三〇分のこともある。)。

このように三日ないし四日に一度は午後一二時すぎの勤務終了という長時間労働はそれ自体、被控訴人にとって多大の身体的負担となったが、それに加えて、勤務終了時刻が、その日その日により支店長の都合により全く不規則となっていたことも、被控訴人にとって過重な負担となっていた。

このような勤務終了時刻の不規則と合わせ、それ以上に過重な負担となっていたのは、勤務開始時刻の不規則であった。すなわち、被控訴人の勤務は、支店長の都合により、その日その日で勤務開始(「出庫」)の時刻が決まってくる勤務であって、原則としての午前八時三〇分の勤務間(ママ)始時刻に実際の勤務が開始されることは全くなく、一定していなかったのである。

さらに、こうした出勤時刻は、支店長の業務上の都合に合わせて設定されるものである以上、決して遅刻は許されないものであり、被控訴人は、毎日異なった時刻に、絶対に寝すごすことを許されずに自ら起床せざるをえなかったのであり、こうした起床時刻自体も不規則になるということは、前述の帰庫時刻の不規則と合わせて、被控訴人にとってより一層過重な負担となっていた。

(五) 運転時間以外においても休憩できない実態

被控訴人は、実際に運転労働に従事している時間以外においても、自動車の清掃、修理を行い、またそうでない時においても、休憩施設が不備であったこと及び随時、東京海上より運転を命じられる可能性に備えて待機している必要があったことから、非運転時間中も十分な休憩はとれなかった。

(1) 自動車の清掃等の業務

被控訴人は、自動車の運転のみならず、ワックスかけ、洗車といった自動車の清掃業務及び簡易な自動車修理をその業務とされていたが、被控訴人が使用していた自動車は支店長が使用するのみならず、東京海上の重要な顧客の送迎をも行うものであったことから、その清掃には細心の注意が要求されたため、被控訴人は待機時間があると見れば、この自動車の清掃を行っていた。例えば、本件疾病発症の直前の昭和五九年四月についてみれば、洗車を一三回、ワックスかけを一一回行っており、これによって本当の意味での待機時間というのは、全拘束時間のごくわずかにすぎなかった。

(2) 休憩場所の不備

昭和五一年七月に横浜支店は横浜市中区(以下、略)に移転した。その移転に際し、被控訴人は、休憩所の設置を求めたが、この要望には応えてもらえなかったため、横浜支店から椅子と机を借用し、東京海上の小(ママ)会社である東海オペレーションが使用していた同ビル五階の片隅にこの椅子等を置いて、ここで待機するようにしたが、うるさくて十分な休息はとれなかった。

また、同ビルの一階に、共同休憩所が存在したが、ここは、換気扇、換気口、窓もない状態であり、寒さも厳しく、また、多くの者が出入りをしてうるさい状態であったこともあって、十分休息できる状態ではなかった。このように五階の休憩所も一階の休憩所もいずれも名目だけの休憩所であったため、被控訴人は、同ビル地下駐車場の車中で待機せざるをえなかったが、車内では狭いことから、足及び腰に大きな負担がかかり十分な休息をとりえなかった。

(六) 随時の呼出し

被控訴人は、横浜支店のただ一人の運転手であることから、待機時間中も、いつ横浜支店より自動車の運転を命じられるかわからず、常に緊張して待機していなければならなかった。すなわち、被控訴人使用の車輌は、支店長が使用するのみならず、支店が(ママ)使用しない場合は同支店の次長及び課長が所用でこれを利用したほか、顧客の送迎にも頻繁に使用された。

こうした勤務の関係で、被控訴人は、いつでも即座に運転を開始できる状態で準備をしていることが求められたのであり、待機時間中も精神的な緊張を強いられた。被控訴人がトイレに行った際に顧客の送迎の仕事が入り、不在だとされて大騒ぎされたことがあり、また、昼休み中、外部の食堂で食事中に、至急戻って運転をするよう命じられたこともあった。

(七) 親会社に一人駐在することによるストレス

被控訴人は、東管から唯一人、横浜支店に駐在を命じられたものであり、被控訴人の上司が、自ら横浜支店を訪ねて、被控訴人の労働実態を把握することはなかった。

被控訴人は、横浜支店の支店長、次長、課長等から直接に作業の指示を受け、親会社の社内的地位の高い者と接触することで、被控訴人は高度の精神的緊張を強いられた。

被控訴人は、業務の過重等の苦情を東京海上の役職者に訴えることもできず、また、東管の上司に訴えても、「親会社(東京海上横浜支店)の上司とうまくやってくれ」と言われるばかりであって、その人間関係上も大きなストレスを感じていた。こうしたストレスは西森支店長の就任以降、同支店長の性癖もあって、被控訴人にとって、より大きな負担となっていった。

なお、被控訴人は、ただ一人で横浜支店に駐在していたことから、被控訴人が休暇をとった場合の代替要員は全く存在しなかった。そのため被控訴人が休暇をとると、横浜支店長及び横浜支店に迷惑を及ぼすこととなり、被控訴人は、休暇の取得を躊躇してしまい、身体的に不調の場合においても、強いて出勤を行うことがたびたびあった。

(八) 労働省の定めた基準にも違反

被控訴人の労働実態は、一か月あたりの最高拘束時間、一日あたりの最高拘束時間、勤務終了後の休息時間を、労働省が平成元年二月九日定めた「自動車運転手の労働時間等の改善のための基準」(以下「基準」という。)に照らすと、一般乗用自動車運送事業(いわゆるタクシー労働者等)についての限界をはるかに超えているし、その余の自動車運転手についての基準に照らしてみても、二週間を平均しての一週間あたりの拘束時間の限度、一日についての最高拘束時間の限度、一日に拘束時間が一五時間を超える日数の限度については、いずれもこの基準をはるかに超えており、被控訴人の労働実態は、この点においても健康を保持しうる限度を超えていた。

(九) 断続的労働と評価しえないことについて

東管は横浜支店長付の運転手につき、昭和三六年以降、労働基準法四一条三号の「断続的労働」に従事するものとして、労働基準法の労働時間、休憩、休日に関する規定の適用を受けないものとしての中央労働基準監督署長の許可を得てきた。

しかし、被控訴人の業務は、支店長の送迎のほか、次長、課長の所用での運転、さらには横浜支店の顧客の送迎を行い、そのうえ自動車の清掃、整備まで行うものであり、到底「断続的労働」には該当しない。こうした実態であることから、東管も、横浜支店付の運転手に対して、右許可を得つつも、被控訴人に対しては、これを労働基準法にいう断続的労働に従事するものとは取り扱っていなかった。

ちなみに、東管が昭和三六年に右許可を得た際に届け出た運転手の一日平均走行距離の実績は、約七八キロメートルであったが、これに対して、既に述べたように被控訴人は一日平均約一六五キロメートルの運転をしていたのであり、これを二倍以上も上まわっていた。

また、東管が昭和六一年に右許可の更新をうけた際に、「実際に作業する時間の合計が八時間以内であること」「実際に従事する時間の合計がいわゆる手持時間の合計よりも少ない」こと、という条件を付されているが、被控訴人の勤務実態が、これに反していたことは明らかである。

更に、労働省は右許可の条件として、一般に、精神的緊張度の高いものは除外されるべきであるとしており、ここに「精神的緊張度が高い」ものの例として「運転時間が五時間強のタクシー運転」をあげている(昭和二三年四月五日、基収第一三七二号)。こうした条件に被控訴人の勤務実態が反していることも、また明らかである。

このように、実作業時間の絶対的長さ及び実作業時間の拘束時間に対する比率、運転時間の長さ、いずれの面からみても、被控訴人が従事していた業務は、労働基準法四一条の「断続的労働」と評価することはできず、待機時間中の自動車の清掃整備業務、精神的緊張、休憩場所の不備等も考え合わせれば、被控訴人の労働を、断続した労働、休憩の多い労働と把えること自体不適当というべきである。

5  本件疾病の発症前月である昭和五九年四月以降の労働実態について

(一) 本件疾病の発症の前月である昭和五九年四月一日から三〇日までの労働実態と基準とを比較すると、被控訴人の労働がいかに苛酷であったが(ママ)明らかとなる。

(1) 一か月の拘束時間について

基準二条一項一号(道路運送法三条二項三号にいう一般乗用旅客自動車運送事業、即ち、一個の契約により乗車定員一〇人以下の自動車を貸し切って旅客を運送する一般自動車運送事業で隔日勤務に就いていない者に関する規定)によると、一か月の拘束時間労働時間と休憩時間の合計時間は原則として三二五時間(例外的に労働協定あるときは三五〇時間)であるところ、被控訴人の四月の拘束時間は、三五六時間余である。また、昭和五八年一二月から翌昭和五九年五月までの集計によれば最高約三八五時間(昭和五九年三月)で、その他基準以下の月もあるものが(ママ)、それでもほぼ基準限度一杯という状況である。

(2) 一日の拘束時間について

基準二条一項二号では、一日の拘束時間を一三時間を超えないもの(例外として一六時間まで延長できる)としているが、被控訴人のそれは一日の最長拘束時間は四月一六日の二〇時間三〇分であり、一日の拘束時間一三時間超の日数は一八日間に及び、さらに一六時間超の日数は八日間にのぼる。

(3) 基準二条二項は、隔日勤務に就く者(タクシー運転者など)に関する規定であり、隔日勤務は二労働日の勤務を一勤務にまとめて行うという労働の強度を伴うものであるので、総拘束時間を隔日勤務以外の勤務についてのそれよりも短くする等一定の条件の下に認めており、同項一号は、一か月の拘束時間は二七〇時間を超えないこととしているところ、被控訴人の場合三五六時間余であり、この基準をはるかに超えている。また、同条但書は車庫待ち等自動車運転手であって隔日勤務に就く者に間(ママ)する規定であるが、それによっても一か月の拘束時間は九〇時間であり、被控訴人の場合は、これをはるかに超過している。

(4) 以上(1)から(3)まで、被控訴人の場合はいずれにおいても右基準を大きく超過している。ところでタクシー労働者の場合、原則として月一三乗務(午前八時頃から翌日の午前二時ころまで)と規制しており、一回当たりの拘束時間が二〇時間程度になっても勤務体系が二日にわたる(出番の日と明番の日にまたがり、結果的には一日当たりの平均拘束時間が一〇時間程度になる)ような特殊な勤務体系をとって配慮しているに(ママ)対し、被控訴人は、隔日ではない通常の勤務体系(日勤勤務)であるものの、右にみたようにいずれの基準をもほぼ超過しており、タクシー運転者をも超える重い労働をしている。

(5) 次に、被控訴人の仕事は、一般乗用自動車運送事業以外の事業に従事する自動車運転者の拘束時間等について規制している基準第四条に該当するが、基準四条各号の各基準にも違反していることが指摘できる。すなわち、

(ア) 一週間の拘束時間について

一項一号は「拘束時間は、二週間を平均して一週間当たり七八時間を超えないものとする」としているが、被控訴人の拘束時間は単純平均しても八九時間を超えている。

(イ) 一日の拘束時間について

同二号についても、前記のとおり一日当たり拘束時間が一三時間を超えている日数が一八日、同じく一六時間を超えている日数が八日間となっている。

ここで注意すべきは毎日一六時間拘束が認められるわけではなく、二週間についての拘束時間が一五六時間(一三時間×一二日)を超えない範囲内において認められるものであるということである。更に、「一日についての拘束時間が一五時間を超える回数は、一週間について二回以内とする」については、全ての週において右基準を超えている。

(ウ) 休息期間について

休息期間については、「少なくとも平均的には二四時間から一日の拘束時間の基本である一三時間を引いた時間、即ち一一時間程度以上の休息期間が与えられることとなる。」としているところ、被控訴人については、この基準についても遵守されていない。

(エ) 最大運転時間について

同四号運転時間の規制については、週四五時間一五分であり規制内に止まっているものの限度一杯である。

(オ) 連続運転時間について

同五号は連続運転時間を四時間以内に制限している。連続運転時間とは一回が連続一〇分以上で、かつ、合計が三〇分以上の運転の中断をすることなく連続して運転する時間をいう。被控訴人の場合、連続運転が明らかに四時間を超えたケースはわずか二回に過ぎないが、運転と運転との間がわずか三〇分程度のケースが目立ち、しかもその間に洗車やワックスかけをしている場合もあり、それらは実態として連続四時間以上の運転と同等の負担である。

(三)(ママ) 右のように被控訴人が連日の過重労働に耐えている最中、昭和五九年四月一三日及び同月一四日に更に被控訴人に強いストレスを与える事態が起こっている。

被控訴人は、同月一三日(金曜日)午前六時三〇分に出庫し、東京都新宿区左門町の西森支店長宅まで出迎えに行き、横浜支店に戻り、海老名市、平塚市及び厚木市方面の各顧客宅を廻り、それから箱根仙石原に向かい同所で宿泊したが、同室となった同支店次長の鼾が大きく、被控訴人は同夜一睡もできない状態であった。同日の被控訴人の走行距離は二四八キロメートル、走行時間は約一一時間五〇分にのぼった。翌一四日、被控訴人は、午前七時三〇分ころ仙石原ゴルフクラブに支店長を送って行き、すぐに横浜支店に向かい、また、同クラブに折り返し、西森支店長他二名を乗せて東京に戻っている。被控訴人は前夜一睡もできない身体で、しかも上司や顧客が同乗したため少しのミスも許されないという緊張を強いられた状態で約三四七キロメートルも走行し、走行時間は約一三時間にも及んだ。このため被控訴人はこれをきっかけに身体の調子を崩してしまった。

(四) 以上のとおり、昭和五九年四月の勤務実態は、昭和五八年二月から昭和五九年五月までのうち、他の月と同等ないしそれ以上に過酷な実態であった。

6  発症直前の労働実態について

(一) 被控訴人は、昭和五九年四月二九日、三〇日及び五月三日、五日、六日と休んでいる。しかし、被控訴人の労働実態は、五月一日から本件疾病の発症当日までに午前零時を過ぎた日が二日あること、走行距離が二七七キロメートルと二六一キロメートルの日もあること及び帰庫時間も平均午後八時ないし午後九時ころであることなど、四月と比べ有意的差異が認められない。被控訴人の蓄積された長期にわたる疲労がこの程度の休養で解消するようなものではなかった。

(二) 本件疾病発症前日の勤務状況について

本件疾病の発症の前日(五月一〇日木曜日)、被控訴人は、午前五時五〇分に出庫し、湘南カントリークラブを廻って午後七時五〇分に帰庫したが、車の清掃中にエンジンオイルの漏れに気付き、修理をし、修理が終わったのが午後一一時ころであった。本来ならば整備工場に出せば足りるはずであったが、翌日は早朝から支店長宅に迎えに行く予定であり、予備の自動車もないうえ、高速道路を走る必要があり、そのままでは高速走行によりオイルが噴き出すおそれがあったため、修理をしたのである。そのため、被控訴人は、修理を終えて就寝したのが午前一時ころであり、翌朝は四時半に起床したので(出庫は午前五時)、十分な睡眠を取れない結果となった。

(三) 本件疾病発症当日の勤務状況について

(1) 本件疾病の発症当日、被控訴人は、寝不足のまま午前四時半に起床し、午前五時に出庫し、急いでいたため近道を利用したが、早朝の時間帯はその近道では普段は対向車はほとんどないので、当日も対向車が来ることを予想せず運転していたところ、途中の坂を登りきった頂上付近で突然目の前に対向車が現れ、一瞬冷やっとし左に急転把して難を避けた。運転歴の長い被控訴人にとってもこのような経験は稀なことで被控訴人は大きなショックを受けた。そのため被控訴人はきわめ珍(ママ)しいことにそのまま運転を続けることが怖いような気分に陥った。

(2) しかし、被控訴人は、東名高速道路の槙浜インターチェンジに向かい走行し、若葉台中学校建設工事現場近くに来たが、その時気分が悪くなり、とても運転を続けられそうもなかったので自宅に引き返すことにし、途中、トイレに立ち寄ったが悪臭で嘔吐しそうになった。被控訴人は、やっとの思いで車庫までたどり着いたが、尋常の状態ではなく、運転のベテランである被控訴人と(ママ)って全く初歩的な操作である車庫入れをしようとバックした際、車の後部バンパー及び左側面部をコンクリート柱にすりつける事故を起こし、さらに、車止めに後輪を激突させて停止している。被控訴人は、その衝撃で後頭部と頸部を強打したうえ、右肩と右腕を捻挫し、右足関節を痛め、這うようにして自宅に戻り、その日のうちに入院した。

7  業務起因性について

(一) 本件疾病の原因疾患について

(1) 被控訴人に発症したくも膜下出血は、原因不明のくも膜下出血と診断されている。

原因不明となった理由として、〈1〉脳動脈瘤破裂後に血栓が形成され脳血管上、動脈瘤が造影されないこと、〈2〉二ないし三ミリメートル以下の微小な動脈瘤からの出血、〈3〉脳動脈硬化症やアミロイドアンギオパチーなどによる血管壁の脆弱を原因とする出血、〈4〉主幹動脈による隠蔽などが考えられるが、本件疾病においては、そのうち血栓化した脳動脈瘤ないし微小脳動脈瘤などが最も疑われる。

本件疾病は、昭和五九年の発症であり、血管造影等が行われ、当時としては高度の治療を受けたものと思料される。しかしながら、出血部位・原因等が判明しなかったものである。最近の医学的知見では、くも膜下出血の原因として、破裂脳動脈瘤が八五ないし九五パーセントを占め、出血源不明が一・七ないし八・七パーセントと報告されており、嚢状動脈瘤破裂とはいえないかもしれないが、微小動脈瘤を含めた動脈瘤破裂によるくも膜下出血である蓋然性が著しく高いというべきである。

(2) ところで、微小動脈瘤の破裂であっても、動脈破裂の機序は嚢状動脈瘤破裂の場合とほぼ同じと考えられる。脳動脈瘤の壁に対するストレスは、脳動脈瘤内圧、動脈瘤の大きさに比例し、動脈瘤壁の厚さに反比例し、脳動脈瘤壁ストレスが強度を超えたとき破裂が生ずる。脳動脈瘤内の圧の上昇、脳動脈瘤内の容積が(ママ)増大に比例して動脈壁ストレスが増大し、脳動脈瘤の壁は薄くなる。しかし臨界域に達するまでは破裂はしない。そこで一過性に脳動脈瘤内圧が上昇すると容易に破裂する、とされている。

ほぼ、このような機序に基づき、被控訴人のくも膜下出血も発症したものと考えられる。

(二)(1) 労働時間が長くなると、作業の負担が増し、個々の労働者の疲労を増大させ、生活時間を短縮し、生活の基本要素である睡眠や食事、さらには健康にも影響を及ぼすことは、多くの調査事例で明らかにされてきており、残業時間が月間五〇時間前後以上になると、右のような生活週間の基本要素が変容し、残業時間が一〇〇時間以上にもなると、休日になっても疲れがとれず、慢性的な疲労状況を呈する人が三分の一前後にものぼり、残業時間が五〇時間から七〇時間を超えると目の疲れや肩こり、肩の痛みなど身体局所の自覚症状を訴える率が六〇パーセントから七〇パーセント程度に増加するとの研究結果がある。また、高血圧、循環器系疾患、ストレス関連疾患の代表ともいえる胃炎・消化性潰瘍の有病率は、休日の少ない労働者ほど高くなり、残業時間の増大につれて尿中のアドレナリンというストレス性ホルモンの増大が現れるとの研究結果もある。

(2) 中高年の交代制勤務者は、常日勤務や交代制離脱者に比べ、循環器系の病気の有病率が高いという結果がオーストラリアの石油精製労働者の調査で明らかにされており、旧国鉄の調査では、作業強度が重作業に分類される職員の中で、徹夜作業のある職種ほど脳卒中、心筋梗塞及び狭心症の発生率が高いという結果が報告されている。

(3) 今日では、各種の精神的心理的ストレスが虚血性心疾患、不整脈、高血圧症などの循環器系の発症の原因の一つと考えられるようになっており、これらのストレスと循環器疾患の発症を関連づける媒介物質としてカテコールアミンの意義が重視され、カテコールアミンの血中濃度の増加が、血小板の癒着性及び凝集性の増加、レニン分泌亢進、グルカゴン分泌増加並びにインスリン分泌減少等を起こさせることで動脈硬化を促進するものと考えられている。

(4) 同一重量の挙上作業を正常血圧者と高血圧者に行わせた時の血圧の上昇は、最大値で二倍近くの開きが生じ、深夜便のトラック運転手の血圧上昇の幅は、往路に比べて、疲労が増えた復路で大きく、正常血圧者に比べて高血圧者の方が大きくなるとの研究結果があり、これは、正常血圧者に比べて高血圧者の方が同一の刺激に対してより大幅な血圧の上昇がみられる点、同一人でも、疲労状態の下にある場合にはそうでない場合よりも同一の刺激に対してより大幅な血圧の上昇がみられる点において、臨床医の経験を裏付けている。

(5) 自動車運転手の業務は、事故の危険を避けるために精神的緊張が連続すること、狭い車内で長時間姿勢を固定すること、走行の状況によっては単調感や時間に追われることによる心理的負担が生じること、刻々と変化する気象条件や道路状況などの車外環境に適応しなければならないこと、乗客、荷物を安全に輸送する責任が運転者個人に課せられていること、拘束時間が非常に長いことから、それ自体、過重性、反生理性が強い。

熟練した自動車運転手にあっても、自動車運転業務は精神的、肉体的負担を生じ、ストレスや血圧上昇の原因となる。これは熟練した自動車運転手であっても積雪路面の運転では乾燥路面の運転に比べて心拍数、ストレス性ホルモン量が増加すること、走行速度が高まると不整脈が発生すること、急ブレーキ時には血圧が上昇すること等の研究結果により裏付けられている。

(三)(1) 現代の医学では、くも膜下出血の発症の機序が解明され尽くされているわけではないこと、また、ストレス・過重労働等が脳疾患等に与える影響の機序が医学的意味において解明されているわけではないことについて、被控訴人においても争うものではない。

しかし、一方ではストレス・過重労働あるいは蓄積疲労等が、くも膜下出血の直接的原因とはいえないにしても、くも膜下出血に至る機序に関係する大きな要因であることは否定できない。

さらに、運転業務による血圧変動が、くも膜下出血発症の原因となる一過性の血圧上昇、いわゆる「引き金」となりうるかという点について、その可能性を否定する根拠はない。

また、「ヒヤリハット事故」のような突然の精神的緊張により、カテコールアミンの放出による一過性の血圧上昇に関しては、カテコールアミンによる一過性の血圧上昇を呈する可能性があると指摘している文献もある。

(2) さらに、被控訴人の健康状態・血圧の変化について注目すべきであり、昭和五六年と昭和五七年の健康診断時には、境界型高血圧症を示しているに過ぎなかったが、昭和五九年五月一一日の入院時より退院時まで中等度の高血圧が認められ、くも膜下出血発症前から中等度の高血圧症が存在していたと推測されるのであり、わずか二年の問(ママ)に高血圧症が相当程度に深化していたことになる。

被控訴人は、タバコも吸わず、酒もごく稀にわずかしか飲まないものであり、くも膜下出血に対する嗜好等での悪影響因子はわずかであった。

生活習慣の問題として、睡眠不足・生活サイクルの不安定などの要因あるいは食生活面での栄養バランスの悪さなどが考えられるが、これらは全て被控訴人の業務の影響で生じたものに他ならず、したがって、被控訴人の血圧上昇という基礎疾患の悪化については、その主たる原因は被控訴人の業務にあると考えられ、本件疾病については、ストレス等を大きな要因として発症したということを医学的に否定する要因がないことは明らかである。

(3) したがって、被控訴人には、先天的病変として小さな脳動脈瘤が存在したものの、それらは通常は加齢と日常生活により脳血管疾患を生じさせるほどのものではなかったところ、前記のような劣悪な職場環境のもとでの職務の性質などから生ずる連続した精神的緊張や不規則かつ長時間の勤務による肉体的疲労の蓄積などにより、本件疾病発症当日には、極度の疲労状態にあり、血圧も上昇して中等度の高血圧症というべき状態となり、家を出るころにはわずかな刺激によっても血圧の上昇が著しくなり、脳動脈瘤が破裂しやすい状態となっていたところ、「ヒヤリハット事故」による急激な血圧の上昇が加わり、脳動脈瘤が破裂して本件疾病が発症したものというべきであり、被控訴人の業務と本件疾病との間には相当因果があるというべきである。

業務の遂行と基礎疾患とが共働原因となって疾病が発症したと認められる場合には、疾病と業務との相当因果関係を認めるべきであり、本件疾病は、被控訴人の業務と基礎疾患とが共働原因となって発症したものであり、くも膜下出血発症の機序、被控訴人の職務内容、職務の特殊性、職場環境、勤務時間その他被控訴人の受けた業務による負荷等を総合すると、被控訴人の本件疾病は業務起因性が肯定されるというべきである。

(五)(ママ) 控訴人主張の労働省昭和六二年一〇月二六日基発第六二〇号通達脳(ママ)血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」(以下「新認定基準」という。)は、脳血管疾患等の業務起因性を肯定するための要件の一つとして、日常業務に比較して特に過重な業務による明らかな過重負荷を発症前に受けたことが認められることを要求し、この過重負荷を、発症前一週間に生じたものに限定している。しかし、発症前一週間の負荷に限定して業務との関連性を認めることには、医学的根拠はない。

また、新認定基準は、基礎疾患を有する労働者が発症した場合には、基礎疾患を急激に著しく増悪させる過重負荷があった場合でなければ業務上の疾病たりえないとするが、業務の遂行と基礎疾患とが共働原因となつ(ママ)て発症したと認められる場合には、業務との相当因果関係を認めるべきであり、この場合に発症当時の業務内容自体が日常のそれに比べて質的に著しく異なるとか、量的に著しく過激な業務でなければならないと解する合理的根拠はない。

そもそも、業務起因性の判断は、新認定基準のような一般的基準に拘束されることなく、個別具体的に行うべきであり、かつ、業務と疾病との因果関係の存否は、医学的因果関係ではなく法的因果関係について検討されるべきであり、業務と疾病との法的因果関係の有無は、労働者災害補償制度が、優越的地位にある使用者と従属的地位にある労働者からなる資本主義の経済構造のもとで、不可避的に発生する労働災害に遭遇した労働者とその家族を救済することを目的とし、死亡、負傷または疾病が業務上であることのみを要件に補償を行う法定の救済制度であり、対等な市民相互間において不法行為により発生した損害の公平な分担を目的とする民法上の不法行為に基づく損害賠償制度とは目的、要件を異にする制度であることを考慮して判断されなければならない。

なお、労働省は、平成六年二(ママ)一月一九日省内に設置された「脳・心臓疾患等に係る労災補償の検討プロジェクト委員会」による検討結果報告書を発表し、いわゆる「新認定基準」を平成七年に改訂する方針を明らかにしたが、これは労働省自らが新認定基準の規定や運用の不当性を自認したものであり、本件疾病の業務起因性の判断に近く改訂されようとしている新認定基準を適用することの不当性は明らかである。本件疾病の発症は、昭和五九年五月一一日であり、本件不支給決定は、昭和六二年に改訂される前のいわゆる「旧認定基準」によってなされたものであり、平成七年に更に新認定基準の改訂がなされるのであれば、本件不支給決定後、その決定の根拠となった認定基準が不十分であるとし二度にまでわたりその改訂がなされるということになる。もはや、全く有用性のない「旧認定基準」を形式的に適用され、不支給決定となった本件処分が取り消されるのは当然である。

二  控訴人の主張

1  業務起因性について

(一) 業務起因性と因果関係

労働災保(ママ)険法は、労働基準法の定める災害補償責任を担保するための保険制度であるから、業務起因性、すなわち、業務と疾病との間の因果関係については、業務と疾病との間に相当因果関係が認められること、すなわち、業務と疾病との間に条件関係があることを前提としつつ、両者の間に法的にみて労働者災害補償(以下、労働者災害補償を「労災補償」と、労働者災害補償保険を「労災保険」という。)を認めるのを相当とする関係が認められることが必要である(国家公務員災害補償法の公務上認定について、最高裁判所昭和五一年一一月一二日第二小法廷判決・判例時報八三七号三四頁)。そして、業務と疾病との間の相当因果関係の立証責任については、保険給付に係る不支給決定を争う被控訴人側にあることも明らかである。

(二) 業務と当該疾病との間に相当因果関係が認められるためには、まず、業務と当該疾病との間に条件関係が存在することが必要であり、これを本件疾病についていえば、被控訴人が過重な運転業務にさえ従事していなければ、くも膜下出血が発症しなかったことについて、くも膜下出血に関する医学的知見に基づく経験則に則って「高度の蓋然性」も(ママ)って証明されなければならない。

(三) 相当因果関係については、業務と疾病との間に条件関係があることを前提としつつ、両者の間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係をいうものであるところ、労災保険は、労働基準法の定める災害補償責任を担保するための制度であり、右災害補償責任の法的性格については、企業責任説に求められ、右責任を認める前提である業務起因性を肯定するためには、当該傷病等が当該業務に内在ないし通常随伴する危険の現実化と認められる関係が存在することが必要であり、右災害補償責任を担保するための制度である労災保険における業務起因性を肯定するためにも、当該傷病等の発生が当該業務に内在ないし通常随伴する危険の現実化と認められる関係にあることが必要であり、この場合に相当因果関係が認められることとなる。

(四) 労働基準法七五条二項、労働基準法施行規則三五条別表第一の二によれば、業務上の疾病として、〈1〉業務上の負傷に起因する疾病(同別表第一の二第一号)、〈2〉狭義の職業性疾病(労働大臣の指定する疾病を含む)(同第二ないし第八号)、〈3〉その他業務に起因することの明らかな疾病(同第九号)が規定されている。そして、本件疾病については、右〈3〉の規定に該当するか否かが問題となる。右規定は、包括規定で、職業性例示疾病と同様に、当該業務に当該疾病を発生させる有害因子、危険が内包され、これが現実化したことによるものと認められることが必要である。

ところで、ある結果が発生するにあたっては、さまざまな原因が競合して条件関係を形成しているのが通常であり、発生した結果と各原因との結び付きの程度もさまざまであるので、当該疾病の発症に業務以外の有害因子(遺伝的因子、環境的因子、これらによって形成される素因等)の存在が認められる場合の業務起因性の判断においては、当該業務上の因子が当該疾病発症に対して、他の原因と比較して相対的に有力な原因となっている関係が認められることを要するものといわなければならない。

特に、加齢や一般生活等における諸種の要因によって発症又は増悪するものがほとんどである脳血管疾患及び虚血性心疾患(以下「脳心疾患」という。)にあっては、業務自体が血管病変の形成に直接関与するものではなく、また、脳心疾患の基礎となる動脈硬化等による血管病変又は動脈瘤等の基礎的病態(以下「血管病変等」という。)を悪化させる右諸種の要因も、直接業務と関連がないものであることから、脳心疾患が業務上の疾病であるとされるためには、著しく業務上の過重負荷によって明らかに血管病変等がその自然経過を超えて急激に著しく増悪し、その結果脳心疾患が発症したと認められることが必要である。すなわち、日常業務に従事する上で受ける負荷を超える、特に業務の過重な負荷が存在し、右負荷により血管病変等が著しく増悪し発症するに至ったものかを慎重に判断しなければならない。

2  くも膜下出血に関する医学的知見と業務起因性

(一) くも膜下出血に関する医学的知見

(1) くも膜下出血の原因疾患

くも膜下出血は、頭蓋内血管の破綻により頭蓋内のくも膜と硬膜との間のくも膜下腔に血液が漏出する病態をいい、外傷によるもの以外は特発性くも膜下出血とよばれ、特発性くも膜下出血の原因疾患については、脳動脈瘤、脳動静脈奇形、脳腫瘍、白血病等の血液疾患があげられ、脳動脈瘤の破裂が最も多くを占めている。

くも膜下出血の原因疾患の多くを占める脳動脈瘤の好発部位は、前交通動脈、内頸動脈及び中大脳動脈であり、約九〇パーセントがウィリス動脈輪の前半部の内頸動脈系の動脈瘤であるとされ、また五ないし一〇パーセントが椎骨脳底動脈系とされている。

(2) 脳動脈瘤の発生機序

脳動脈瘤は、その血管壁が、動脈壁を構成する内膜、中膜及び外膜の三者のうち中膜を欠いており、ウィリス動脈輪に発生する脳動脈瘤は先天的と考えられてきたが、正常の脳血管の血管分岐部にも中膜欠損部位が存在すること、血管中膜層は血管壁の強さには重要でなく、中膜欠損部位が存在する正常の血管は血圧が六〇〇ミリメートル水銀柱(以下、血圧は数値のみで表示する。)まで上昇しても破裂しないことが証明されていること、脳動脈瘤の好発年齢が四〇歳(五〇歳代にピークがある)以上であること、動脈硬化や高血圧症が多いこと、高血圧による動脈壁への負荷の増大、年齢的に高年齢者に多くみられるアテローム(動脈硬化)形成による内弾性板の変性及び組織学的に脳動脈瘤の初期変化に血管内膜の退行変性が認められること、さらに、動物実験によって高率に脳動脈瘤を発生させることができることから、脳動脈瘤が後天的に発生することが示唆されている。

また、高血圧と脳動脈瘤との関係については、高血圧による動脈壁への負荷の増大が脳動脈瘤の後天性因子の一つとされるが、高血圧が存在すれば必ず脳底動脈に嚢状動脈瘤が発生する事実はないことから、嚢状動脈瘤の発生と高血圧との直接的因果関係については、十分には明らかにされているわけではない。

脳動脈瘤の成因と機序の点については、これまでの医学的知見を踏まえ、高血圧の存在と頭蓋内の主幹動脈の血行動態の変化が血管内膜、中膜の退行変性を生じさせ、高血圧を増悪させる因子としてあげられる、年齢、肉体的労働、過度の精神的緊張、ストレスの持続、寒冷暴露、栄養摂取のアンバランスなどの多因子により慢性の高血圧症、脳動脈硬化の進行が生じ、くも膜下出血の発生原因が完成され、何らかの誘因でくも膜下出血が生じるものと推定される。

特発性くも膜下出血の原因となる嚢状動脈瘤などは決して急性にできるものではなく、長年の間に徐々に成長・増大するものであるとされており、剖検例では、脳動脈瘤は、成人の五ないし六パーセントに認められており、一生破裂しないで無症状で終わる脳動脈瘤も多い。

(3) 脳動脈瘤破裂の機序

脳動脈瘤の破裂は、医学的知見によると物理学のラプラースの法則により説明でき、脳動脈瘤の壁に対するストレスは、脳動脈瘤内圧と動脈瘤の大きさに比例し、動脈瘤壁の厚さに反比例し、脳動脈瘤壁ストレスが強度を超えたときに破裂が生じるものとされる。脳動脈瘤内の圧の上昇と脳動脈瘤内の容積の増大に比例し脳動脈瘤壁が薄くなり、そこで一過性に脳動脈瘤内圧が上昇すると容易に破裂する。これを人の脳動脈瘤についてみると、慢性の高血圧が持続し、脳動脈瘤壁が薄くなり、脳動脈瘤が増大し、臨界に達し、破裂の準備状態ができあがる。そこに日常生活の中でしばしば生じる一過性の血圧上昇をきたす動作によって脳動脈瘤の破裂が生じる。さらに、破裂に関与する一過性の血圧上昇については、単純に動脈血圧が上昇する高血圧よりも、バルサルバマニューバー(胸腔内圧上昇、静脈圧上昇、頭蓋内圧上昇)を伴う一過性の高血圧が生じる排便、排尿、性交、前屈、起立などの日常動作が発生に重要であり、バルサルバマニューバーが解除された時に生じ、脳動脈瘤周囲の頭蓋内圧と動脈瘤内圧の圧差が脳動脈瘤破裂に関与していると考えられている。

脳血管の破綻の原因は、さまざまな状況下で急激な血圧上昇に伴って起こるのは確かであるが、前記のとおり脳動脈瘤の成因に関する医学的知見を踏まえれば、一過性の血圧上昇だけによるものだけではないことは明らかである。

正常な脳動脈血管は、弾性板のみで六〇〇ミリメートル水銀柱までの血圧に耐えられることが実証されており、人間が生命を維持していく過程において、労働する、スポーツをする、興奮する、排便する等の日常生活のあらゆる場で、血圧は絶えず変動し、血圧が上下を繰り返すことによって血管壁は脆弱化していくものである。したがって、血管の破綻原因として血圧変動をあげるとしても、それは、脳血管自身の脆弱化の程度と血圧との相関関係によるものといわねばならず、脳血管壁が加齢、日常生活等における諸種の要因によって脆弱化していれば特別な血圧上昇がなくても破綻をきたすことがあるのである。

(4) くも膜下出血の発症

くも膜下出血は、就寝中、趣味、散歩、休養、休憩中にも多く発症しており、いつどのような状況下においても発症しうるものであり、約三分の一が感情興奮、排便、性交、激しい労働など血圧上昇を招くときに、三分の一は安静時に、残りの三分の一は睡眠中に発生しているとされていることから、くも膜下出血の発症のすべてが労働と密接な関連をもつものではないし、発症時の状況と日常生活活動の関係について、これまでの報告と同様のことがいえるのであり、職業としての仕事や車の運転中などは比較的時間が長いにもかかわらず、発生率が低く、一般的には運転中のくも膜下出血は決して多くはないとされている。

また、くも膜下出血とストレスとの関連については、心筋梗塞や狭心症と感情的ストレスとの関係はよく知られているが、くも膜下出血に関しては、数例が報告されているのみであり、多くの人がその関与をある程度予想するものの、両者の因果関係は医学的には明らかにされておらず、医学的知見として確立されたものはなく、現時点においては、仮説にとどまり、ストレスが直接的な原因となって特発性くも膜下出血を起こすということを支持する信頼すべき文献は見出すことができず、慢性疲労もしくはストレスは、慢性の高血圧、動脈硬化の原因となりえても、くも膜下出血の直接原因とはいえないと明確に否定されている。

加えて、この慢性疲労もしくはストレスについては、医学的にその客観的評価法として、必要にして十分な、確立された測定法はないのが現状である。

(5) くも膜下出血の危険因子

くも膜下出血をはじめとする脳血管疾患においては、リスクファクター(特定疾患や異常条件の発生に関連がある個人の属性や性質、環境条件等をいい、原因である可能性を含めた表現)が問題となるが、くも膜下出血患者の既往症の中で高血圧症がもっとも多く、一般的に高血圧は危険因子の一つとしてあげられており、そのほかに、関連性が認められるものとして、喫煙、飲酒があげられるが、くも膜下出血の原因となる動脈瘤は、長年の間に徐々に形成されるものであることから、遺伝的要因による個人的素因、生活習慣もリスクファクターとしてあげられている。

(二) くも膜下出血と過重負荷

(1) くも膜下出血の成因、機序及び危険因子に関する医学的知見は前記のとおりであり、労働者が従事する業務がくも膜下出血の発症に寄与する場合として、〈1〉業務が直接血管壊死又は動脈硬化を促進する、〈2〉業務が基礎疾患の増悪を促進し、その結果血管壊死又は動脈硬化を促進する、〈3〉業務が動脈瘤の破綻を促進する、のいずれかが考えられる。

くも膜下出血は、業務に従事していなくても高血圧症の存在に加えて、加齢、日常生活等において生体が受ける通常の要因によって、自然経過により血管病変等が増悪し発症するものであるから、この場合、業務がくも膜下出血と条件関係があるというためには、業務による生体に対する負荷が、くも膜下出血の発症の基礎となる血管病変等を、その自然経過を超えて急激に著しく増悪させることが必要となる。そこで、業務起因性の判断においてこのような業務による負荷を過重負荷と呼び、業務による負荷が過重負荷に当たるかどうかを検討することになるのである。

(2) 業務がくも膜下出血発症の基礎病変等をその自然経過を超えて急激にかつ著しく増悪させたと認められる過重負荷に当たるか否かを判断する前に、業務がくも膜下出血発症の過重負荷に当たる場合があるかどうかに関する医学的知見について検討すると、(ア)前記(1)〈1〉については、自動車運転業務が直接血管病変を増悪させる因子とはならず、(イ)前記(1)〈2〉については、ストレスを伴う自動車運転業務は、慢性の高血圧症、動脈硬化を促進する要因となりうるとされているが、そもそも慢性の高血圧症、脳動脈硬化を助長する要素としては、重労働、過度の精神的緊張、ストレスの持続、栄養摂取のアンバランス、生活習慣などの多因子が作用するものであるとされており、特定の業務について高血圧症患者が多いというデータは見当たらないし、まして自動車運転者に高血圧症患者が多いというデータはないのであり、(ウ)前記(1)〈3〉については、脳動脈瘤破裂には、バルサルバマニューバーを伴う一過性の高血圧が関係するが、このバルサルバマニューバーを伴う一過性の高血圧は、排便、排尿、性交、前屈、起立などの日常動作により発生するもので、反面、自動車運転は大きな血圧変動を示さず、交通事故、接触などで生じる精神的緊張が直接的原因で脳内出血やくも膜下出血を起こすことを示す文献は見出せないとされ、一般的には運転中のくも膜下出血は決して多くはないとされ、したがって、自動車運転業務が動脈瘤の破綻を促進すると一義的には医学上いえないものであるが、(エ)業務において、極度の緊張、興奮、恐怖、驚愕等の強度の精神的負荷を引き起こす突発的又は予測困難な異常な事態、緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発的又は予測困難な異常な事態、急激で著しい作業環境の変化があった場合は、その結果、急激な血圧変動や血管収縮を引き起こし、血管病変等を著しく増悪させ、くも膜下出血を自然経過を超えて急激に発症させることは医学的に承認されており、また、日常の業務を(ママ)比較して過重な業務があった場合には、時に精神的、身体的負荷によって血管病変等の著しい増悪が引き起こされることがあると考えられるが、発症に最も密接な関連を有する精神的、身体的負荷は、発症前二四時間以内のものと考えられ、次に重要な負荷は、発症前一週間以内の精神的、身体的負荷であり、これに対し、発症前一週間より前の負荷は、発症に直接関与したものとは判断し難いのである。新認定基準は、かかる医学的経験則をもとに定められたものである。

(三) 自動車運転業務とくも膜下出血との関係

(1) そこで、被控訴人の自動車車(ママ)運転業務と本件疾病との関係について検討すると、自動車運転業務に従事することが、くも膜下出血の原因疾患の脳動脈瘤の成因、くも膜下出血のリスクファクター、発症因子であるとする医学的知見は存在せず、このことは、くも膜下出血の発生機序及びその原因疾患である脳動脈瘤、血管病変に関する医学的知見からしても理解できるところである。

原審における証人前原直樹の証言(以下「前原証人」という。)によると、二か月続いた残業労働の生体反応をアドレナリンの分泌量でみたところ、第一七週まで影響していることから、精神的な作業・労働の及ぼす生体反応はなかなか消失しないことを示しているという。しかし、ストレスの身体的表現としては、下垂体、副腎系の反応系として、アドレナリン等の分泌が注目されて測定されてはいるが、未だ研究的段階に止まるものであり、心理的ストレスの測定は、更に困難であるとされている。また、消化器病や循環器病疾患、内分泌病疾患、神経疾患などは、心理社会的ストレスによって引き起こされるストレス関連疾患とされているが、脳内出血やくも膜下出血はストレス関連疾患とはされていない。

また、同証人は、休日日数と高血圧で通院している人の割合は関係しており、しかもそれは胃炎、消化器性潰瘍よりも高いと述べているが、この主張の根拠は、アンケート調査結果によるにすぎない。一般的に重労働、過度の精神的緊張、ストレスの持続、栄養摂取のアンバランス、生活習慣などの要因により高血圧症の進行を促し、これらの多因子が加わって慢性の高血圧症、脳動脈硬化が助長されるものであることから、分析対象者におけるこれらのさまざまな要因が十分統制された上での分析とはいえない。これは、未だ高血圧と業務ないし業務の多忙さの程度(過労)との関連としての医学的知見とまではいえず、まして、業務による疲労とくも膜下出血との因果関係を直接解明するものとは評価されるに至っていない。

(2) 被控訴人は、自動車運転自体が過重であり、不規則勤務、深夜を含む長時間労働が本件疾病発症の原因となったと主張するが、自動車運転者にみられる脳血管疾患有所見者の割合は、他の職種と比較しても平均的な数値に止まり、脳血管疾患等については、特定の業務ないし業務形態との相関は認められない。よって個々の事案において業務起因性を検討することが重要である。

さらに、長期間の交替制勤務の身体への影響については、北里大学の増山伸夫らによる報告が存在し、特定工場の勤務者三二三名を交替制勤務作業者群と常日勤者群とに分け、その健康診断の比較検討結果からは、血圧は経年変化の有意な差はなく、年齢階層別にみても、両群に明らかな差は認められていないところ、この研究は、単なるアンケート調査ではなく、統制された比較対象群による長期間にわたる貴重な研究成果であり、信頼するに足るものである。

前原証人の前記証言及び同証人の研究報告である(証拠略)等は、未だ自動車運転業務と脳血管疾患との直接の因果関係を明らかにするものではなく、自動車運転業務と心血管系の障害との因果関係の一つの可能性を示すに止まり、一般的医学的知見とはなりえていない。

また、拘束労働時間が長いことや睡眠時間が不規則であることは、健康一般にとって好ましくないことであることはともかくとして、くも膜下出血との関係で論ずるのであれば、それがくも膜下出血の基礎となっている血管病変等の増悪に影響するのか、高血圧症自体を増悪させるのか、くも膜下出血の発症因子となるのかということが明らかにされる必要があるが、その点を明らかにせず、漫然と悪影響があるとしても、医学的検証に耐えない一般論というほかない。

以上のとおり、現時点における医学的、疫学的知見をもってしては、自動車運転業務が他の職種と比較して特にくも膜下出血をはじめとする脳血管疾患の発症率が顕著に高いとはいえず、よって同疾病を発生させる有害因子が一般的に含まれているものと解することはできないものである。

したがって、自動車運転業務自体とくも膜下出血の発症との間に条件関係を認めることは困難である。

3  被控訴人の運転業務とくも膜下出血との関係

(一) 被控訴人の病歴

被控訴人の血圧については、昭和五六年一〇月八日、最高一四二、最低八八、昭和五七年一〇月六日、最高一五八(ママ)、最低九六、最高一五(ママ)六、最低九二であったが、右の血圧からは、被控訴人の血圧が境界域高血圧であり、高血圧症要観察との診断を受けていたことは明らかであり、昭和五九年五月一一日のくも膜下出血発症による入院から退院までの間、中等度の高血圧が認められており、くも膜下出血前から中等度の高血圧が存在していたと推測される。

(二) 被控訴人のくも膜下出血の発症について

被控訴人に発症したくも膜下出血の原因は、症例として多い嚢状動脈瘤ないし動静脈奇形の破裂によるものではなく、原因不明例に分類される、肉眼的には認識することが容易でない微小な動脈瘤あるいは静脈や毛細血管の破綻によるものと解すべきであるところ、かような微小な動脈瘤の成因、破綻の原因、静脈や毛細血管の破綻の原因については未解明であり、労働との関係についても、信頼すべき医学的知見は現時点において未だ得られていない。

被控訴人の本件疾病は、境界域高血圧症ないし中等度の高血圧症の持続により、いわばくも膜下出血の準備状態が形成されたものと考えられ、くも膜下出血患者の既往症の中で高血圧症が最も多く、境界域程度の高血圧によっても、自然経過によりくも膜下出血が発症することは多くみられるところであるし、睡眠時や安静時においても、くも膜下出血が発症する例があることからすれば、被控訴人についても、日常生活上の負荷が加われば、いつでも脳動脈瘤ないし微小動脈瘤が破綻する状態にあり、業務上の負荷がかからなくても、くも膜下出血は発生しえたものであったと解しうる。

したがって、これまで述べたくも膜下出血に関する医学的知見からすれば、被控訴人に、くも膜下出血の基礎となった血管病変等をその自然経過を超えて急激にかつ著しく増悪させる負荷が加わったかどうかが問題となり、被控訴人が従事していた自動車運転業務において、具体的にこのような負荷が加わったかが問題となる。

しかし、本件全証拠によっても、被控訴人の自動車運転業務において、前記くも膜下出血の発生機序からして、右自然経過を超えて急激にかつ著しく血管病変等を増悪させる負荷が加わったことを示す事実は、見当たらない。

(三) 前原証人は、被控訴人の運転日誌の記載(〈証拠略〉)などから、被控訴人が昭和五九年四月一三日以降、過労、オーバーファティーグの状態にあって、休養効果もなかったとし、特に五月からの業務量は量的、質的に高かったから、本件発症当日のヒヤリハット事故で二、三〇ミリメートル水銀柱程度の血圧上昇があり、これが脳動脈瘤の破裂を惹起して、くも膜下出血に至ったと推論するが、この見解は、被控訴人の主観的なものである被控訴人の運転日誌の記載に基づくものであり、これで疲労度を判定することは甚だ危険であるとともに、これをもって客観的に疲労状態が明らかにされているものとはいえず、さらに、休養効果がなかったこととする医学経験則を明らかにしないまま、被控訴人に休養効果がなかったと判断しているものである。

疲労の蓄積が、くも膜下出血の発症の基礎となる血管病変等を、その自然経過を超えて急激にかつ著しく増悪させるというのであれば、その発生機序において通常人が真実性の確信をもちうる程度の説明が必要となるが、本件における全証拠によっても、疲労の蓄積がくも膜下出血の発症の基礎となる血管病変等を、その自然経過を超えて急激にかつ著しく増悪させることを認めるに足りる医学的知見は示されていないのである。

高血圧症、動脈硬化の促進要因としては、慢性の疲労、過度のストレスの持続は慢性のほか、栄養摂取のアンバランスなども因子となりうるもので、これら多くの因子が加わることにより慢性の高血圧症、動脈硬化が助長され、血管病変が形成・増悪するものと考えられているところである。

そもそも、被控訴人には、昭和五六年、五七年には、既に境界域高血圧が指摘されていたのであるが、被控訴人は、西森支店長が就任した昭和五七年七月以降、業務が過重となったと主張している。したがって、高血圧症が、一般的に日常生活上のさまざまな要因によって徐々に血管病変を増悪させるものと考えられることからすれば、高血圧の悪化が自動車運転業務と密接な関係があるとはいえないものである以上、発症前の被控訴人の自動車運転業務によって高血圧が悪化したかどうか、どの程度悪化したのかについて、医学的に明らかに示すべきものである。

(四) 業務の過重性

(1) くも膜下出血をはじめとする脳血管疾患の場合にあっては、血管病変等が加齢や一般生活等における諸種の要因によって、その自然経過の中で増悪し発症に至るものがほとんどであり、くも膜下出血をはじめとする脳心疾患の場合にあっては、脳心疾患の発症と医学的因果関係のある特定の業務も認められておらず、業務自体が脳心疾患の血管病変等の形成に直接寄与するわけではなく、また、脳心疾患の血管病変等を悪化させる右諸種の要因も直接業務と関連がないものである。

生体は、急激な血圧変動や血管収縮によって、血管病変等がその自然経過を急激に著しく増悪する場合が医学的に考えられるので、業務による精神的、身体的負荷によって、急激な血圧変動や血管収縮が惹き起こされ、血管病変等がその自然経過を超えて急激に著しく増悪し脳血管疾患が発症するに至った場合には、その発症に当たって、業務が相対的に有力であると判断され、業務に起因することが明らかであると認められるのである。

したがって、業務の過重性の判断に当たっては、単に業務が常識的に見て過重か否かではなく、業務による負荷が、くも膜下出血の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて急激にかつ著しく増悪させるような負荷であったか否かを客観的に判断すべきことになる。

その判断の前提としては、「どのような負荷であれば、くも膜下出血の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて急激に増悪させるか」に関する医学経験則が前提となるもので、そのような経験則の検討なくして業務の過重性を判断することは不可能である。

発症と業務との関連については、医学経験則上、業務の諸種の要因による精神的、身体的負荷が脳心疾患の発症に最も密接に関連しうるのは、発症直前から前日までの二四時間以内のものであり、それから時間的経過を経るにしたがいその関連は低下し、発症前一週間より前の業務は、急激で著しい増悪に関連したとは判断し難いとされているところである。

(2) 業務の過重性を判断するためには、医学的知見に照らして、当該労働者の労働時間、労働密度、業務内容等を総合的に判断しなければ不十分であるといわざるをえない。

(ア) 労働時間

本件発症前一か月の被控訴人の勤務状況については、日によっては必ずしも睡眠時間が十分確保できなかったと思われる日もあるが、所定休日がすべて確保されていること、勤務開始時刻から勤務終了時刻までの拘束時間は、一か月三二一時間二〇分で、一日(週六日労働に換算)当たり約一二時間三〇分であること、昭和五八年当時、被控訴人と同様に派遣されていた運転手の時間外労働の平均と比較しても、被控訴人の時間外労働は、三四時間下回ること、これらの運転手の中には、特定の者の専属運転手ではなく、多数人の用に応じて運転する運転手が相当数おり、それらの運転手が常時待機体制にあることに比較すれば、被控訴人の労働密度が特段に高いとは認められないことから、被控訴人の労働時間は、特に長いというものではなく、むしろ、おおむね平均的な運転手としての労務に服していたと理解されるべきものである。

(イ) 待機時間中の精神的緊張

支店長付運転手であった被控訴人の職務態様から、勤務時間内に長時間の手持(ママ)時間があり、実労働時間は比較的短く、労働密度が薄いという特徴が認められる。被控訴人は、かかる手持(ママ)時間中にも、何時でも出発できるよう常に緊張していた旨の主張をするが、被控訴人の支店長付運転手としての待機は、単に休憩所に存在していること以上のものでなく、支店長付運転手の職務として急な呼び出し自体は、支店長付運転手の職務として予定されているものであり、職務内容からして突発的な出来事ではなく、ままありうることであり、特段被控訴人の職務としての待機時間に内在するものではない。

また、西森支店長の人柄が被控訴人の緊張を高める原因となったとの主張を行っているが、その事実関係は、極めて主観的なものであり、業務の過重性は客観的に検討されるべきものであるから、このような主観的事情を業務上の問題として過大に評価するのは適当でない。なお、当番(ママ)における(人証略)の証言態様からして、西森支店長が特異な人格の持ち主でないことは明らかである。

さらに、被控訴人は、手持(ママ)時間中も頻繁に洗車やワックスかけ等を行っていたので、手持(ママ)時間といえどもゆっくりできなかったと主張しているが、被控訴人の右主張の根拠となった被控訴人作成の日誌(〈証拠略〉)には、その旨の記載は一切見当たらず、日誌に記載されている「洗車」を行った際にワックスかけが含まれているとしても、発症前月の四月の「洗車」は五回にしかすぎず、まして労働密度が濃いものであったことを示すに足りない。

(ウ) また、被控訴人の月平均の走行距離は三五〇〇キロメートルであるところ、これは、ハイヤー、タクシー運転手の一人一月当たり平均運転キロ数が、平成二年が三八八〇キロメートル、平成三年が三七六〇キロメートルであるのと比較しても、被控訴人の走行距離が特に過重のものであったとは認められない。

(3) 被控訴人の発症前日及び当日の業務

(ア) 被控訴人は、発症前日の夜に約三時間の車のオイル漏れの修理を行い、また、発症当日朝に自宅付近く(ママ)の路上で対向車と接触しそうになった(ヒヤリハット事故)後、本件疾病が発症したもので、車庫に戻って車をぶつけながら車庫に入れ午前九時になるのを待って救急車で入院した旨主張し、原審における被控訴人本人尋問の結果、陳述書の記載(〈証拠略〉)、原審(人証略)の証言、(人証略)の陳述書(〈証拠略〉)の記載(以下、まとめて、「被控訴人らの供述」という。)にはこれにそう部分が存在するが、これらの証拠は、客観的事実に反する内容が少なくなく、信憑性が乏しいというべきである。

(イ) なお、ヒヤリハット事故の存在が、仮に肯定されたとしても、このような精神的緊張が直接的な原因となって脳内出血やくも膜下出血を起こすことは医学的に実証されてはいないのであり被控訴人のくも膜下出血がヒヤリハット事故による急激な血圧の上昇を契機として発症したとは到底認めることができないものである。

(五) 以上のとおり、被控訴人の発症一か月前及び一週間前においても、始業から終業まで勤務時間中における待機時間を含む非運転時間が相当時間存在しており、また、休日、休暇の取得状況、発症前三日における走行距離も一〇〇キロ以下であることなど、被控訴人の業務が過重であったと認定すべき根拠は全く存しないというべきである。

4  結語

以上によれば、被控訴人が従事していた自動車運転業務と本件疾病との間に条件関係がないことは明らかであるから、本件疾病については、業務起因性は認められない。したがって、控訴人のなした本件不支給決定は適法である。

第三(ママ)証拠

証拠関係は、原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四争点に対する判断

一  労災保険法による保険給付の制度は、使用者の労働者に対する労働基準法上の災害補償義務を政府が保険給付の形式で行うものであるから、被災労働者の疾病が労災保険法による保険給付の対象となるといえるためには、右疾病が労働基準法による災害補償の対象となるものであることを要し、同法による災害補償の対象となる疾病は同法七五条一項所定の業務上の疾病に該当すること、具体的には同条二項、労働基準法施行規則三五条に基づく別表第一の二の各号のいずれかに該当することを要するものというべきである。

本件において、被控訴人主張に係る本件疾病は右別表第一の二第一号ないし第八号のいずれにも該当しないことが明らかであるから、本件疾病が、労災保険法による保険給付の対象となるといえるためには、右別表第一の二第九号にいう「業務に起因することの明らかな疾病」に該当することを要するものというべきである。

そして、当該疾病が労働者の従事していた業務に起因して発症したもの(業務起因性)と認めるためには、右業務の遂行が必ずしも当該疾病の唯一の原因ないし競合する原因の中で相対的に有力な原因であることまで必要ではなく、当該労働者の素因や基礎疾患が原因となって発症した場合においては、業務の遂行が労働者にとって精神的又は肉体的に過重な負荷となり、基礎疾患をその自然的経過を超えて急激に増悪させて発症させるなど基礎疾患と共働原因となって当該疾病を発症させたと認められるときには、右疾病を「業務に起因することの明らかな疾病」であると認めるのが相当である。

以下、この見地から、被控訴人の本件疾病が業務上の疾病にあたるか否かについて検討する。

二  被控訴人の業務、発症前の勤務状況及びくも膜下出血等について

1  原本の存在と成立に争いのない(証拠略)、成立の真正に争いのない(証拠略)、原本の存在と成立に争いのない(証拠略)、成立の真正に争い(ママ)ない(証拠略)、成立の真正に争いのない(証拠略)、官署作成部分についてはその方式及び趣旨により公務員がその職務上作成したことが認められるから成立の真正が推定され、その余の部分については弁論の全趣旨により成立の真正が認められる(証拠略)、成立の真正に争いのない(証拠略)、官署作成部分の成立の真正に争いがなく、その余の部分については弁論の全趣旨により成立の真正が認められる(証拠略)、撮影対象及び撮影年月日について争いがなく弁論、撮影者についてはその方式及び趣旨により公務員がその職務上撮影したことが認められるから成立の真正が推定される(証拠略)、成立の真正に争いのない(証拠略)、原審における(人証略)の証言、当審における(人証略)の証言、原審における被控訴人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。

(一) 被控訴人の経歴と職務の概要

被控訴人(昭和四年八月二二日生)は、昭和二六年に自動車運転免許を取得し、トラック、バス、自家用自動車、ハイヤー等の運転業務に従事した後、昭和四八年一〇月、東京海上の子会社である東管に入社し、東管と東京海上との間で締結されていた東管の従業員を東京海上の支店に派遣し、支店管理者の指揮のもとに自動車の運転業務に従事させる旨の契約に基づき、横浜支店に支店長付きの運転手として配属され、自動車運転の業務に従事し、横浜支店の支店長の出退勤、支社等の巡回、客先回り、料亭やゴルフ場での接待等の際の送迎のほか、随時、支店の幹部職員や顧客の送迎にあたっていた。送迎の範囲は、横浜支店の管轄する神奈川県全域の支社、出張所のほか、代理店、東京丸の内の東京海上本社、伊豆箱根方面のゴルフ場などであったが、昭和五六年七月に横浜支店に西森千晴支店長が着任してからは、支店長の送迎は、原則として横浜駅まで、必要に応じて東京都新宿区左門町所在の支店長の自宅までとなった。

横浜支店に配属されていた運転手は被控訴人一人であったため、自動車の運転のほか、自動車の清掃、整備等もすべて被控訴人の職務とされており、被控訴人は、車庫に帰った後や待機時間中に、清掃は毎日、洗車、ワックスかけは、数日に一度の割合で行っていた。また、代車がないため、小さな故障は、二級自動車整備士の技術を有する被控訴人が修理をしていた。

被控訴人は、出勤が早朝であるため、朝食はとらず、昼食は、食事中に呼び出しを受けてもすぐに運転に取りかかれるよう、握り飯の弁当を持参し、車中で空時間をみつけて手早くとり、夕食は、支店長の接待の待機時間を見計らい、外食していたが、軽食が多かったため、帰宅後に軽い夜食をとることとしていた。いずれの食事も、時間が不規則である上、時間に追われてとっていた。

日々の運転予定は、予め指示されていることは少なく、直前になって支店長の秘書から指示されることが多かったため、被控訴人は、横浜支店にいる間も、即座に運転に臨めるように待機していた。とくに、顧客の送迎のための呼出しがあった際にたまたま被控訴人が便所に行っていて直ちに対応ができなかったことを、後刻厳しく叱責されたり、昼休み中に外部の食堂で食事をしていたところ、至急戻って運転するように命じられたりしたことがあってからは、被控訴人は待機時間中もいつでも運転に臨めるよう気を遣って待機していた。

被控訴人は、支店長をはじめ横浜支店の幹部職員や重要な取引先の客を乗せていたので、そのことも気を遣う原因となったが、特に、西森支店長については、せっかちで、同支店長の前にドアが来るように車をつけなければ乗ってもらえず、口うるさいとの評判を聞いていたこと、被控訴人自身、同支店長からいたわりの言葉をかけてもらったことはなかったこと、歩いて五分とかからない所に行くにも自動車を使い、遠方の自宅までの送迎をしばしば命ずるなど被控訴人に対して厳しい勤務を要求したことから、部下に対して思いやりがない人物と思い、同支店長とは、打ち解けることがなく、会話を交わすこともほとんどなかった。

(二) 職場環境

被控訴人が横浜支店に配属された当時、横浜支店は横浜駅西口にあったが、運転手の休憩所はなく、昭和五一年七月、横浜支店が現在の横浜市中区(以下、略)に移転した後も、休憩所がなかった。このため、被控訴人は、仮眠等ができる休憩所を設けるよう、横浜支店の総務課や東管の上司に何度も求めたが、これに応じてもらえなかった。そこで、被控訴人は、同ビル五階にある東京海上の子会社の部屋の片隅を借りて机と椅子を置き、そこで休憩しようとしたが、狭いうえに、コンピュータのオペレーション作業音のために休憩ができるような環境ではなかった。同ビル一階には、運転手の共同休憩所があったが、約五、六畳の部屋にソファーが四脚置いてあり、採光用の小さな窓があるだけの、換気扇もなく、空気の流通の悪い、倉庫のような場所であり、暖房があまりきかないため冬は寒く、また、流しがなく、湯茶を飲むためには、水場まで湯をもらいに行かなければならず、決して休憩に適する場所ではなかった。このように、被控訴人は、休憩所では落ちついて休めなかったので、駐車場の自動車内で待機していたが、駐車場内は絶えず人の出入りがあるうえ、車内では手足を伸ばすことができなかったので、そこでも十分な休憩をとることができたわけではなかった。

(三) 勤務時間と運行距離

被控訴人の勤務時間は、車庫(自宅から徒歩で約五分の所にある)お(ママ)いて運行前点検を始めた時点から車庫に帰り自動車から離れるまでの間で、一応、平日は午前八時三〇分から午後五時三〇分、土曜日は午前八時三〇分から午後〇時までとされ、この間の平日の午後〇時から午後一時までは休憩時間、日曜日、祭日、隔週土曜日は休日とされていた。なお、西森支店長が着任した昭和五六年七月からは、それまで、横浜駅東口までであった支店長の送迎が、一か月の約半分は、支店長宅までとなり、走行距離が長くなるとともに、勤務時間も早朝から深夜に及ぶようになった。

昭和五八年一月から本件発症の日である昭和五九年五月一一日で(ママ)の各出勤日の被控訴人の勤務開始時刻、勤務終了時刻、時間外労働時間、走行距離等は、原判決別表1のとおりである(なお、同表は、被控訴人の記載した運転日誌控から作成したもので、同表の勤務開始時刻から勤務終了時刻までが一日の拘束時間であったと認められるが、同表の時間外労働時間については、各日毎の勤務時間外の拘束時間と必ずしも一致せず、どのようにして算定したのか証拠上明らかでないが、〈証拠略〉によれば、この時間外労働時間は日報により東管に報告されていたもので、東管も、被控訴人がこの程度の時間外労働をしていたことは承知していたものと認められるうえ、一か月単位でみれば、おおむね勤務時間外の拘束時間数に合致するものである。)。被控訴人は、定められた勤務開始時刻よりも早くから、勤務終了時刻より遅くまで勤務していたが、昭和五八年一月から昭和五九年五月一一日まで被控訴人の超過勤務時間は一か月平均約一五〇時間、走行距離は一か月平均約三五〇〇キロメートルであり、さらに、一日の走行距離は、東管が横浜支店の運転手について、労働基準法四一条三号の断続的労働に従事するものとして、同条による行政官庁の許可を得る際に、行政官庁に提出した運転手勤務表に記載された、運転手の一日の平均走行距離約七八キロメートルの約二倍に相当していた。本件疾病発症直前の同年四月一日から同年五月一〇日までの被控訴人の実際の走行時間は、原判決別表2のとおりで、一日平均八時間を超えている。

また、基準二条一項に定める一般乗用旅客自動車運送事業に従事する自動車運転者に対する一か月についての拘束時間の最高限度(三二五時間)、一日についての拘束時間の最高限度(一三時間)及び勤務終了後の休息時間の最低限度(八時間)と対比すると、一か月の拘束時間においてその限度に近いかまたはこれを超える月が多く、一日の拘束時間においてその限界を大幅に超える日が多く、一日の勤務時間後の休息時間において、その最低限度に満たない日が多かった。

(四) 発症直前の勤務状況

昭和五九年四月一三日から翌一四日にかけての被控訴人の勤務は、次のとおりであった。同月一三日は、午前六時四〇分に車庫を出発し、支店長を自宅に迎えに行き、一旦横浜支店に寄ってから、海老名市、平塚市、厚木市方面の客先を回って、箱根仙石原に送り、同所で宿泊した。その夜は、同室の者の鼾が大きく、押入れに入ったり廊下に出たりして寝つこうとしたが、結局一睡もできなかった。翌一四日は、仙石原を午前七時に出発し、支店長を仙石原ゴルフクラブへ送ってから、一旦横浜支店に戻って総務課長を降ろし、休む間もなく同ゴルク(ママ)ラブに戻り、支店長ほか二名を乗せ、支店長の自宅等へ送った後、同日午後九時一〇分に車庫に戻り、清掃後、午後九時三〇分ころ帰宅した。走行距離は、一三日は二四八キロメートル、一四日は三四七キロメートルであった。被控訴人は、睡眠不足の上に長距離、長時間の運転をしたため、この両日で体調を崩した。

同年五月一日から発症前日の同月一〇日までに、勤務の終了が午後一二時を過ぎた日が二日、走行距離が二六〇キロメートルを超えた日が二日あったが、同年四月下旬から五月初旬にかけては、四月二六日、二九日、三〇日、五月三日、五日及び六日と断続的に六日間の休日があった。

発症前日の同月一〇日については、被控訴人は、午前五時ころ起床し、午前五時五〇分ころ車庫を出発し、辻堂駅で支店長を乗せて湘南ゴルフクラブへ送り、そこで待機中に洗車、ワックスかけをし、その後支店長を乗せて午後五時に横浜支店に戻り、近くを往復した後、午後七時三〇分ころ車庫に戻ったが、午後七時五〇分ころ、清掃中に、エンジンオイルの漏れを発見し、午後一一時ころまでかかって修理をし、翌一一日午前一時ころ就寝した。

被控訴人は、本件疾病発症当日、午前四時三〇分ころ起床し(睡眠時間は三時間三〇分程度)、洗面後急いで家を出て、午前五時少し前に車庫に行き、運行前点検を済ませ、支店長を迎えに行くために自動車を運転して車庫を出た。その後間もなく走行中に気分が悪くなり、吐き気や激しい頭痛に襲われ、車庫に車を戻し、自宅に帰ったが、その直後に意識をなくして入院し、くも膜下出血と診断された。

(五) 発症に至るまでの被控訴人の身体の状況

(1) 昭和四七年六月九日の健康診断では、体重六三・五キログラム、最高血圧一二〇、最低血圧七八、昭和五六年一〇月八日の健康診断では、体重七〇キログラム、最高血圧一四二、最低血圧八八、血中総コス(ママ)テロール一九八、昭和五七年一〇月六日の健康診断では、体重七一・〇キログラム、最高血圧一五六、最低血圧九六、血中総コレステロール一八五であり、いずれの健康診断においても、血圧は、正常値と高血圧の境界領域にあり、少々高めであるが、治療の必要のない程度であった。入院時の血圧は、最高血圧一四六、最低血圧九二である。

(2) 被控訴人は、昭和五一年九月二五日ころ、耳鳴り、めまい、吐き気の自覚症状があり、同年一〇月六日、不安性神経症と診断され、右疾病のため運転等の業務を休むように指示され、一か月ほど勤務を休み、通院と投薬、休養によって治療をし、その間の同月一五日の健康診断においては、レントゲン検査、尿検査、血液検査等に異常はみられず、同月二五日、メニエル氏症候群の疑いで受診したが、難聴、前庭検査(眼震、指示検査、足ぶみ検査等)には特別の変化を認めない旨診断された。

(3) 被控訴人は、昭和五三年五月ころ、結膜炎にかかり、眼科医院に通院し、その後、昭和五五年一月八日から昭和五六年三月二八日までの間も、通院し、同年七月ころ、両眼強膜炎の診断を受け、一週間に一回の割合で通院したが、昭和五八年ころ以降は、仕事が忙しく通院する時間がとれなかったことなどから、通院をやめ、薬局で目薬を買って用いていた。被控訴人は、このころから、強膜炎のため、しばしば目が充血し、目に痛みを感じ、特に、夜間自動車のヘッド・ライと(ママ)を点灯して走行したとき、あるいは疲労したときに、その症状がひどくなった。

(4) 被控訴人は、几帳面な性格で、責任感が強く、仕事を第一に考え、家庭をあまり省みず、妻が被控訴人の体を気づかって転職等を勧めても、これを拒んで妻を叱りつけていたものであるが、昭和五八年ころからは、顔色が悪く、目が充血していることが多くなり、いつも気分がいらだっていて、もともと我慢強い性格であったにもかかわらず、しばしば睡眠不足を訴えていた。被控訴人は、運転日誌控(〈証拠略〉)に身体状態等について特に気づいた点をその都度記載していたが、その詳細は、原判決別表1の特記事項欄のとおりである。

なお、被控訴人には、酒、たばこ等、健康に悪影響を及ぼすとみられる嗜好はない。

2  ヒヤリハット事故の存在について

被控訴人は、本件発症の当日、車庫付近の坂道を登ってその頂上付近にさしかかったところ、突然目の前に対向車が現れ、驚いてハンドルを左に切って、衝突を避けた事故(ヒヤリハット事故)が存在した旨主張し、(証拠略)にこれにそう部分がある。

しかし、原本の存在と成立に争いのない(証拠略)、成立の真正に争いのない(証拠略)によると、被控訴人は、昭和六〇年一月二六日付で控訴人に対し、休業補償給付請求をしているが、その際控訴人に対して提出された昭和六〇年一月二五日付「休業補償給付御願いの件(供述書)」(〈証拠略〉)には、ヒヤリハット事故についての言及が全く存在せず、同年三月六日付の労働事務官による被控訴人に対する聴取書(〈証拠略〉)にも、ヒヤリハット事故についての言及が存在しないうえ、同年三月一六日付「休業補償給付御願いの件(補足供述書)」(〈証拠略〉)にも同様ヒヤリハット事故についての言及が存在しないことが認められ、原本の存在と成立に争いのない(証拠略)、成立の真正に争いのない(証拠略)によると、ヒヤリハット事故についての言及が認められるのは同年五月一七日付の保険給付不支給決定に対する同年六月一八日付の審査請求の(ママ)際して提出された「審査請求御願いの件」と題する書面(〈証拠略〉)においてであるが、審査請求の手続においてなされた神奈川労働者災害補償保険審査官による被控訴人に対する聴取書(同年九月九日付、〈証拠略〉)では「車庫に車両を入れる際、車止めと柱に接触し、後頭部と頸部に衝撃を受けた」旨の供述があるのに、ヒヤリハット事故について言及していないうえ、昭和六一年一月付の被控訴人の代理人作成の上申書(〈証拠略〉)にも、ヒヤリハット事故について言及するところのないことが認められ、(証拠略)によれば、ヒヤリハット事故についての被控訴人の供述の要旨は、「坂を昇って坂の頂上付近に差し掛かったところ、突然目の前に対向車が現れ、あわててハンドルを左に切って衝突を避けたが、余りに突然な出来事で命が縮む思いがした。対向車は怒鳴って通り過ぎていきました」というものであり、その内容に照らして、真実そのような事態が発生したのであるならば、被控訴人の印象に強く残り、休業補償給付請求の手続の当初の段階から言及されて然るべき性質の事柄であるというべきであるのに、当初からヒヤリハット事故について言及していなかった被控訴人の供述の経過及び成立の真正に争いのない(証拠略)に照らすと、(証拠略)における被控訴人のヒヤリハット事故に言及する供述部分については、その信用性に疑いを差し挟む余地があるというべきであり、他に被控訴人がヒヤリハット事故に遭遇したことを認めるに足る証拠はない。

3  くも膜下出血発症の機序

弁論の全趣旨により成立の真正が認められる(証拠略)、原審における(人証略)の証言により成立の真正が認められる(証拠略)、弁論の全趣旨により成立の真正が認められる(証拠略)、原本の存在と成立に争いのない(証拠略)、成立の真正に争いのない(証拠略)、原本の存在と成立に争いのない(証拠略)、成立の真正に争いのない(証拠略)、原本の存在と成立に争いのない(証拠略)、成立の真正に争いのない(証拠略)、原本の存在と成立に争いのない(証拠略)、成立の真正に争いのない(証拠略)、原審における(人証略)の証言、当審における(人証略)の証言及び当審における鑑定人橋本卓雄の鑑定の結果によると、次の事実が認められる。

(一) くも膜下出血は、頭蓋内血管の破綻により、頭蓋内のくも膜と硬膜との間のくも膜下腔に血液が漏出する病態であり、その原因となる代表的な疾患は、脳動脈瘤、脳動静脈奇形、脳動脈硬化性疾患であるが、このうち、脳動脈瘤の破裂が最も多い割合を占めている。そして、脳動静脈奇形の場合には、画像診断によって出血場所が発見されるのがほとんどであるが、脳動脈瘤の場合には、画像診断によって出血源を確認することができないことがある。

被控訴人の本件疾病は、発症後の画像診断によっても出血源を確認することができず、出血源不明のくも膜下出血と診断されているが、脳動脈瘤の破裂によって発症した蓋然性が高いことが認められる。

(二) くも膜下出血の原因疾患の多くを占める脳動脈瘤の発生部位は、約九割がウィリス動脈輪の内頸動脈系であるとされ、発生要因については、先天的に発生すると考えられてきたが、後天的に脳動脈瘤が発生するとする見解も存在し、これによれば、高血圧の存在と頭蓋内の主幹動脈の血行動態の変化が血管内膜、中膜の退行変性を生じさせて、脳動脈瘤を形成させるとされる。高血圧を増悪させる因子としては、年令、肉体的労働、過度の精神的緊張、ストレスの持続、寒冷暴露、栄養摂取の不均衡などがあげられている。ただし、脳動脈瘤と高血圧との関係については、高血圧が存在すれば、脳動脈瘤が発生する事実が存在するわけではないことから、脳動脈瘤の発生と高血圧と間(ママ)に直接的な因果関係があるか否かについては十分には明らかにされているわけではない。

なお、被控訴人について脳動脈瘤の発生が先天的なものか後天的なものかは、これを解明する証拠は存在しない。

(三) 脳動脈瘤の拡大の機序に関しては、脳動脈瘤自体も血管の一部であるから、加齢とともに動脈硬化を生じ、そのために脳動脈瘤の壁が脆くなって血管や脳動脈瘤の壁の中で小出血が起こり、その部分がさらに脆くなって脳動脈瘤の壁の一部が大きくなるといった過程を繰り返すことによって、長年の間に徐々に脳動脈瘤そのものが大きくなっていったり、血流及び血管内圧により動脈瘤に内圧がかかり、動脈瘤の壁の弱い部分が徐々に大きくなっていくことが指摘されている。

(四) 脳動脈瘤の破裂は、脳血管の脆弱性と動脈中を流れる血流の圧力との相関関係によって決せられ、脳動脈瘤内圧の上昇と脳動脈瘤内の容積の増大に比例して、脳動脈瘤の壁が薄くなり、そこに一過性の脳動脈瘤内圧の上昇が加わると発生するとされている。すなわち、慢性の高血圧が持続し、脳動脈瘤壁が薄くなり、脳動脈瘤が増大し、臨界に達しているところに、一過性の血圧上昇をきたす動作によって脳動脈瘤の破裂が生じる。脳動脈瘤破裂のきっかけとなる高血圧は、単純に動脈血圧が上昇する高血圧や精神的ストレスによる一過性の高血圧よりも、バルサルバマニューバー(声門を閉じたままで強制呼気を行い胸腔内圧を増加させる。静脈圧上昇、頭蓋内圧上昇を生じる。)をともなう排便、排尿、性交、前屈、起立などの日常動作によって生ずる一過性の高血圧である、と考えられている。

くも膜下出血の発生時の状況と日常生活活動との関係については、イギリスのロックスレーの統計結果によると、くも膜下出血の発症は、睡眠中に三六パーセント、通常の状態において三二パーセント、挙上、うつ向き、興奮、排便、性交、せきなどの状態において三二パーセントであるとされ、我が国の東北大学医学部の統計によると、睡眠中及び特に精神的肉体的ストレスのかからない状態において破裂したものが約三分の一、何らかの労作時に破裂したものが約三分の二とされ、同大学の小松伸郎は、この調査結果を加味して、季節やゆっくり変化する因子は直接脳動脈瘤破裂には結びつかないが、急激に、しかも強力に血圧を上昇させるような因子が、特に安静時に作用する場合に脳動脈瘤破裂を誘発するとしている。

このように、脳動脈瘤の破裂は、身体的活動として活発でない時間帯の発生が多いが、排便、性交などに費やす時間を考慮すると、くも膜下出血の発症は急激な血圧の上昇と深く関連があるといわざるをえないが、職業としての仕事や自動車運転中などは、その時間が比較的長いの(ママ)にもかかわらず、発生率が低く、一般的には運転中のくも膜下出血は決して多くないとされている。

また、くも膜下出血の危険因子としては、高血圧のない者にくも膜下出血が発生することはあるが、くも膜下出血が発症した者のなかで、高血圧が最も多く、一般的には慢性の高血圧症がくも膜下出血の危険因子としてあげられている。

さらに、くも膜下出血と慢性疲労もしくはストレスとの関係については、慢性の疲労や過度のストレスの持続が慢性の高血圧、動脈硬化の原因の一つとなりうるが、くも膜下出血の直接の原因とはいえない。

慢性疲労や心理的ストレスについては、医学的に必要にして十分な客観的測定法は確立されてはおらず、医学的にくも膜下出血が心理的社会的ストレスによって引き起こされる疾患とはされていない。

なお、原審における(人証略)は、精神的な作業によって生じた生体反応はなかなか消失しない、休日日数が少ないと高血圧罹患率が急激に高まる、交代制勤務者の方が消化器系疾患や循環器系疾患の罹患率が高い旨供述するが、右部分は、(証拠略)及び鑑定人橋本卓男の鑑定によると、継続的な心理的負荷に対する生体反応には著しい個体差があり、脳内出血やくも膜下出血がストレス関連疾患とはされていないことに照らして、採用することができない。

三  被控訴人の自動車運転業務と本件疾病発症との因果関係

前記二認定の事実に基づいて、本件疾病発症の業務起因性について検討する。

被控訴人の業務は、精神的緊張や長時間の拘束をともなう支店長付の車両の運行とそれに付随する作業であり、その勤務は、早朝出庫し、深夜の帰庫に及ぶ場合があり、拘束時間が極めて長いほか、時間外労働時間が非常に長く、昭和五八年一二月以降の一日平均の時間外労働時間が七時間を上回っており、この中には深夜労働時間も含まれているうえ、走行距離も、毎月かなり多く、一日平均の走行距離は、昭和五八年一二月以降の各月において、最低でも昭和五九年五月(一日から一一日)の一二九キロメートル、最高が同年四月の一九二キロメートルであり、また、昭和五九年四月一三日、一四日は、早朝の出庫と深夜の帰庫が続いたものであり、このような勤務が被控訴人に疲労と睡眠不足をもたらしたこと、東管から一人横浜支店に配属され待機中にも気を遣っていたことや休息場所が整備されていなかったことなどの事情が精神的な負担の一因となったことは首肯することができないわけではない。しかし、他方、出勤日数は、日曜日のほか土曜日が毎月二日休日となっており、所定の休日がすべて確保されているため、労働日数が必ずしも多いとはいえないこと、勤務開始から勤務終了までの拘束時間が平均して一二時間を超えているが、被控訴人の職務の性質及び勤務態様に照らすと、(証拠略)に明らかなとおり、拘束時間中勤務開始から勤務終了まで終始継続して運転業務に従事しているわけではないばかりでなく、待機時間中にも洗車やワックスかけをしたことを考慮しても、必ずしも被控訴人の労働密度が特段に高いとは認められず、また、運転にあたっての気遣いは支店長が乗車する自動車の運転という業務の性質を考慮しても自動車の運転に通常ともなう精神的緊張の域を超えて格別な精神的緊張を伴うものであったとは認めがたいうえ、被控訴人は、その血圧が、正常値と高血圧の境界領域にあり(境界型高血圧症)、昭和五七年一〇月当時の血圧が昭和四七年当時のそれと比較して、最高血圧が一二〇から一五六と高くなっており、高血圧症が進行していたが、境界領域にあり治療の必要のない程度のものであり(なお、橋本鑑定は、被控訴人が、本件疾病発症による入院時から退院時までに受けた投薬によると、本件疾病発症前から中等度の高血圧が存在していたと推測される、とするが、〈証拠略〉によると、被控訴人の入院時の血圧は、最高血圧一四六、最低血圧九二である。)、高血圧を増悪させる因子として、過度の精神的緊張、ストレスの持続があげられていることを考慮しても、高血圧を増悪させる因子として他に年齢、寒冷暴露、栄養摂取の不均衡などがあげられていることに照らすと、被控訴人の業務が被控訴人の高血圧症を自然的経過を超えて増悪させたものとは認め難いぼかりでなく、本件疾病が脳動脈瘤の破裂によって発症した蓋然性が高く、高血圧の存在が脳動脈瘤の後天的な発生にかかわるとの見解が存在し、過度の精神的緊張、ストレスの持続が高血圧を増悪させる因子としてあげられていることを考慮しても、被控訴人の脳動脈瘤の発生が先天的なものか後天的なものかは解明されていないうえ、高血圧を増悪させる因子として、他に年齢、寒冷暴露、栄養摂取の不均衡などがあげられていることに照らすと、被控訴人の基礎疾患である脳動脈瘤の発生、増悪に被控訴人の業務が原因となったものと直ちに認めることができるわけではない。加えて、脳動脈瘤は、加齢とともに自然増悪し、血管の脆弱化が進行して、その限界に達した段階で、最後の要因として血圧上昇が加わって破裂に至るものであって、脳動脈瘤の破裂のきっかけとなる高血圧はバルサルバマニューバーをともなう排便、性交、せき等の日常生活上の行為によっても生じるものであり、被控訴人の脳動脈瘤の破裂は、自動車運転業務に限らず日常生活上のあらゆる機会に発生してもおかしくない状態にあったといわざるをえないことが認められるうえ、被控訴人が本件疾病発症前に従事していた業務は、昭和五九年五月一日から発症前日の同月一〇日までに、勤務の終了が午後一二時を過ぎた日が二日、走行距離が二六〇キロメートルを超えた日が二日あったが、同年四月下旬から五月初旬にかけては断続的に六日間の休日があったうえ、本件疾病発症の前日の五月一〇日は、午前五時五〇分に出庫し、同日二〇時に帰庫し、走行距離距離(ママ)七六キロメートル、時間外労働時間五時間一〇分で、被控訴人の従前の勤務と比較するとかなり負担の軽い勤務であったものであり、被控訴人の発症直前の業務が格別過重なものであったとはいえず、本件疾病発症の日もこれまで例のない午前四時五〇分の出庫ではあるが、従前からの業務と格別異なる運行に従事したというべきものではないのであって、ことさら被控訴人の業務が過重負荷となって急激な血圧上昇を招いたものとは認め難いといわざるをえない。

原審における(人証略)は、被控訴人は、過労状態が徐々に高まり、昭和五九年四月下旬から同年五月上旬にかけての連休による休日効果がなく、過労状態が高じてヒヤリハット事故を起こす中で本件疾病を発症した旨供述するが、右部分は前記認定に照らして採用することができない。

そうすると、被控訴人の本件疾病は、加齢とともに自然増悪した脳動脈瘤破裂が、たまたま被控訴人が従事していた自動車運転業務の遂行過程において発症したものではあるが、脳動脈瘤の発生増悪に自動車運転業務による血圧上昇が共働原因となったとは認め難いうえ、自動車運転業務の遂行が精神的、肉体的に過重負荷となって高血圧症を急激に増悪させて本件疾病を発症させるなど高血圧症と自動車運転業務とが共働原因となって本件疾病が発症したとも認め難いといわざるをえない。

四  したがって、本件疾病は労働基準法施行規則三五条に基づく別表第一の二第九号にいう「業務に起因することの明らかな疾病」に当たるとは認めることができないから、これと同旨の理由に基づいてされた本件不支給決定に違法はないから、その取り消しを求める被控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却すべきである。

第五結論

以上のとおり、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当でないから、原判決を取り消し、被控訴人の本訴請求を棄却することとする。

よって、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柴田保幸 裁判官 伊藤紘基 裁判官 滝澤孝臣)

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